一. 関西学院大学応援団総部とは、Mastery for Serviceをスクールモットーとする関西学院大学をこよなく愛し、そのスクールモットーの体現と学院の振興に寄与せんとする模範的学生の集う団体である。
二. 関西学院大学応援団総部とは、「応援活動を通じ関西学院全体が母校愛を共有する状況を作り上げ、学院に一体感をもたらすこと」を使命とし、「愛され且つ信頼される応援団」を目標とする模範的学生の集う団体である。
三. 関西学院大学応援団総部とは、総部員一人一人の人格・個性を尊重しつつ、「隣人・社会・世界に仕えるため、自らを鍛える」という関学人のあり方を希求し、個人の能力の開発伸長と人格の陶冶を図る模範的学生の集う団体である。
新年あけましておめでとうございます。 私、2012年1月12日の幹部交替式をもちまして関西学院大学応援団総部第六十六代団長に就任いたしました柳田奏太と申します。一年間何卒よろしくお願い申し上げます。
さて、本年度我々関西学院大学応援団総部第六十六代総部員一同は、「満月」という団目標を掲げることとなりました。 学院のシンボルといえば、「新月」であります。そして、新月の成長の先には必ず「満月」があります。我々総部員一同は、上に掲げる三綱領の完全なる実現を応援団総部としての「満月」と捉え、その目標達成のため以下のプロセスを繰り返して参ります。
1. 指導部が最高のリーダーを振り、吹奏楽部が最高の音楽を奏で、チアリーダー部が最高のダンスを踊る。そして、総部員全員が最高の声を発したとき、最高のパフォーマンスを披露する土台が出来上がる。 …満月を目指すための第一歩はここから始まる。総部員は、各部部長の下、「努力」によってこの土台を一つ一つ築いていかなければならない。
2. 関西学院大学応援団総部に対しては、現時点においても様々なニーズがよせられている。これらのニーズに対して、自己の発想力・企画力・交渉力を総動員し、一つのプロジェクトを作り上げる。 …力は、蓄えていても発揮しなければ何の意味もない。団長、副団長、経理部長、そして本部員は、関西学院大学応援団総部を取り巻く全てのステークホルダーに最高の満足を与えられるよう、「努力」するのみにとどまらず必ずや「成功」させなければならない。
3. 一つのプロジェクトが終わると、次のステージに進むことになる。そのステージを広げていくのは、新しい力である。主務を筆頭とした新生広報部が、このステージの主役となる。 …「努力」に裏打ちされ、「成功」によって深まった「自信」もってすれば、新たなステージにおいても関西学院大学応援団総部の力を存分に発揮できることだろう。 我々関西学院大学応援団総部第六十六代総部員一同は、これらのステップを繰り返しながら、「満月」への道をひたむきに進んでいく。
| 役職 | 名前 |
|---|---|
| 団長 | 柳田 奏太(指導部四回生)※主務と共同で代表権を持ちます。 |
| 主務 | 古林 拓也(指導部四回生)※団長と共同で代表権を持ちます。 |
| 副団長兼指導部長 | 平田 暁(指導部四回生) |
| 副団長 | 山崎 耀子(吹奏楽部四回生) |
| 副団長 | 田岡 佑香(チアリーダー部四回生) |
| 経理部長 | 藤本 菜摘(吹奏楽部四回生) |
| 吹奏楽部長 | 竹内 彩子(吹奏楽部四回生) |
| チアリーダー部長 | 小川 美樹(チアリーダー部四回生) |
我々応援団総部は1946年、「建学の精神を体し、自治の精神に則り、学徒の思想・情操・風紀・運動・文化等多面的な分野において後援し、学院の先駆足らんこと」
を目的としてわずかの有志で発足した。確かに戦前にも存在しており相撲大会における応援団コンテストで1938年には優勝し、戦時中は「報国団推進班」として存在した。
戦後の関学体育会の目覚しい発展の陰で応援団も飛躍することになる。その中で1948年に、応援歌「弦月」(現逍遥歌「弦月高く」)が発表された。その後1954年にはブラスバンド部の設立を請願、設立に至った。それに伴い作成されたのが、応援歌「新月旗の下に」である。
充実期に入った1956年には総務部・リーダー部・ブラスバンド部の総部体制が確立。1962年には吹奏楽部が第10回全日本コンクールで初優勝を果たす。1966年には神戸女学院の手解きを受けたバトントワリングが正式加入し、現在の応援団総部の体制を確立し新しく動き出したのである。
1967年学費値上げ反対運動から学生紛争が勃発。翌年、学院本部を占拠した学生から学長、院長を救出しようとした応援団総部リーダー部との間に乱闘騒動が起こり、学生集会においてリーダー部解散要求が決議された。しかし1969年には現在の応援団総部指導部と名称を変更し活動を再開した。
一方、吹奏楽部は海外遠征にも数多く出かけるなど黄金期を迎えていた。以後関西吹奏楽コンクール、全日本吹奏楽コンクールで輝かしい成績を収めた。バトントワリング部もアメリカ遠征を行い、以後チアリーダー部と名称を変更することになった。「ドルフィンズ」と名乗り始めたのは91年のことである。90年代には応援形態を飛躍的に発展させ、今も時代の流れに乗った応援方法を常に模索し続けている。
現在我々は指導部、吹奏楽部、チアリーダー部合わせて総勢130名以上の部員数を誇り、体育会、文化総部と並ぶ大学屈指の公認団体に発展した。
我々関学応援団総部は硬式野球部、アメリカンフットボール部、ラクロス、アイスホッケー、陸上ホッケーをはじめとする体育会の応援は当然のことながら、総合関関戦前夜祭、関関同立応援団で競い合う連盟祭、
学祭において開かれる大舞台総部祭をはじめ様々なデモンストレーションを行い学風の振興に寄与している。
また入学式、卒業式、キリスト教に関係する学院行事にほぼ全て参加し「Mastery for Service」の精神を体現している。さらに学内問題の解決に取り組み関学を一層より良いものにするため尽力している。
その他の活動として、企業からの依頼、他大学との交流を含め活動の幅は広く、団員一人一人が確かな自覚と責任の下に日々邁進している。
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